ACHIEVEMENT

 

活動成果

【プレスリリース】COVID-19対応に追われる保健所職員のメンタルヘルス調査結果

2021年6月04日


新型コロナウイルス感染症に関する電話相談に対応する.
保健所職員の約7割に不眠症状,半数近くに精神不調.


【発表のポイント】

(1)新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)に関する電話相談対応を行っている,あるいは行った経験のある宮城県の保健所職員・関係者にアンケート調査を実施しました.

(2)分析対象者23名のうち,不眠症状が69.6%,心理的苦痛が56.5%,心的外傷後ストレス反応(極度のストレスを体験した後に生じる心身の不調)が45.5%にみられました.一部は,COVID-19診療に従事する医療従事者に匹敵する割合の高さでした.

(3)電話相談対応の中で感じた困難は,「相談者への対応の難しさ」,「PCR 検査の要否や紹介先の判断の難しさ」,「有事対応に伴う過重な業務体制」の大きく3つに分類されました.

(4)保健所職員のストレスケアの重要性とともに,一般の方の相談マナーの再考の必要性が示唆されます.


【概要】

COVID-19パンデミック下において,医療従事者が様々なメンタルヘルスの問題を抱えていることは知られていますが,膨大かつ多様な業務を抱える保健所職員に焦点を当てた実証的研究は国内外ともに行われてきませんでした。東北大学災害 科学国際研究所の臼倉瞳助教らの研究グループは、2020 年 9~11 月に宮城県の 保健所職員・関係者にアンケート調査を実施し,メンタルヘルスの問題を抱える者の割合ともに,電話相談対応業務の中で感じた困難の内容を明らかにしました.本研究成果は,2021年5月18日,Asian Journal of Psychiatryに,Letters and Correspondenceとして掲載されました.


【詳細な説明】

COVID-19感染拡大状況下において,地域保健を支える保健所職員は,地域住民や地域の医療機関からの電話相談への対応,陽性者の入院・療養の調整,陽性者の行動調査と接触者の把握,接触者の検査の調整や健康観察など,膨大かつ多様な業務を抱えており,過重な負担がかかっています.これまでの研究で,医師や看護師などの医療従事者が様々なメンタルヘルスの問題を抱えていることが明らかにされていますが,保健所職員のメンタルヘルスの問題に焦点を当てた研究は行われていませんでした.

そこで,東北大学災害科学国際研究所の臼倉瞳助教,國井泰人准教授,同大学院医学系研究科富田博秋教授(兼同大学災害科学国際研究所),小坂健教授(兼同大学災害科学国際研究所),東北大学病院の瀬戸萌らの研究グループは,COVID-19感染拡大状況下において保健所職員が抱えるメンタルヘルスの問題の詳細を明らかにするために,アンケート調査を実施しました.

COVID-19に関する電話相談対応を行っている,あるいは行った経験のある宮城県管轄の全保健所(9ヶ所)の職員・関係者のうち,2020年9〜11月に回答した23名を分析対象としました.メンタルヘルスの問題については,抑うつ症状,不安症状,心理的苦痛,心的外傷後ストレス反応,不眠症状,飲酒問題を取りあげ,各評価指標に定められている基準点に基づいて,一定以上に各問題を有している者(ハイリスク者)かどうかを判定しました[注1].

最もハイリスク者数が多かった指標は不眠症状で,約7割(69.6%)にのぼりました。.次いで,心理的苦痛が半数以上(56.5%),心的外傷後ストレス反応が半数近く(45.5%)でハイリスクの状態であることが明らかになりました.抑うつ症状は31.8%,不安症状は17.4%,飲酒問題は18.2%がハイリスク者でした.本研究で示されたハイリスク者の割合は,最前線で治療に当たる医療従事者を対象とした研究で示されている数字に匹敵する高さでした.

また,電話相談対応に従事する中で辛かった点・困難に感じた点に関する自由記述回答について分析したところ,苦情等の相談者への対応に苦慮していることなどが含まれる「相談者への対応の難しさ」,「PCR検査の要否や紹介先の判断の難しさ」,職場の労働安全衛生やサポート体制などが含まれる「有事対応に伴う過重な業務体制」の大きく3つに分類されました(図1).

限られた地域・人数に基づく調査結果ではありますが,これらの知見から,電話相談対応を行っている保健所職員が,医療従事者に匹敵するメンタルヘルスの問題を抱えている可能性が示される一方で,その困難の内容は,相談者からぶつけられる不安や怒りなどのネガティブな感情への対応といった,医療従事者とは異なる保健所職員特有のものであることが明らかとなりました.本調査が国内の感染拡大の第2 波から第3波の過渡期に行われたことを踏まえると,より感染者数の多い地域・時期に実施されれば,さらにメンタルヘルスの状態は深刻であることが予想されます.

本研究をうけて,職員に対するストレスケアマネジメントの実施,職員の増員,電話相談対応の指針の提示・対策整備などの重要性が認識されるとともに[注2],広く一般の人々に対して,保健所職員の抱えるストレスの大きさと保健所職員に対する相談者のマナー再考の必要性が周知されることが期待されます.

本研究は,2020年度三菱財団自然科学研究特別助成「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下におけるメンタルヘルス実態に関する包括的検討」(研究代表者:國井泰人),災害科学世界トップレベル研究拠点の支援を受け実施されました.


図 1.新型コロナウイルス感染症に関する電話相談対応業務の中で困難を感じた点:HER-SYS(Health Center Real-time Information-sharing System on COVID-19)とは、 厚生労働省が開発した、自治体、保健所、医療機関等の関係者間で感染者の情報を把握および 共有するためのシステム。


【注釈】

[注1] 各評価指標のハイリスク者の判定方法:
抑うつ症状は,Patient Health Questionnnaire-9(PHQ-9)で総得点27点中10点以上,不安症状はGeneralized Anxiety Disorder-7(GAD-7)で総得点21点中10点以上,心理的苦痛はKessler 6(K6)で総得点24点中5点以上,心的外傷後ストレス反応はPTSD Checklist(PCL)で総得点85点中30点以上,不眠症状はAthens Insomnia Scale(AIS)で総得点24点中6点以上,飲酒問題は Alcohol Use Disorders Identification Test for Consumption(AUDIT-C)で総得点12点中男性は5点以上,女性は4点以上としました.

[注2] 本調査時期以降,宮城県は,退職した保健師や事務職員を会計年度任用職員として採用しているほか,民間から専門職の派遣を得るなど,職員の増員や業務分担に取り組んでいます.また,コールセンターの外部委託やコールセンターが相談者に医療機関を直接紹介できるシステム(紹介可能医療機関リストの作成)なども行われました.各保健所でも,苦情の電話に対して管理職が対応したり,所内のスーパーバイズ体制を活用するなど,職員の心理的負担軽減のための工夫がなされています.


【論文情報】
Hitomi Usukura, Moe Seto, Yasuto Kunii, Akira Suzuki, Ken Osaka, Hiroaki Tomita (2021). The mental health problems of public health center staff during the COVID-19 pandemic in Japan. Asian Journal of Psychiatry, https://doi.org/10.1016/j.ajp.2021.102676
著者:臼倉瞳 1),瀬戸萌 2),國井泰人 1),鈴木陽 3),小坂健 4),富田博秋 1,5)
1): 東北大学災害科学国際研究所 災害精神医学分野
2): 東北大学病院 精神科
3): 石巻保健所
4): 東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野
5): 東北大学大学院医学系研究科 精神神経学分野


【報道・メディア掲載】
 河北新報(2021.05.21 <新型コロナ>保健所職員 メンタル悪化 東北大調査)
 読売新聞(2021.05.21 <新型コロナ>電話相談業務のストレス浮き彫り )
 朝日新聞(2021.05.25 <新型コロナ>電話対応、保健所職員の7割「不眠」)
 NHK東北(2021.05.25 県内の保健所職員「7割が不眠」 多くが心身の不調)ほか


【問い合わせ先】
東北大学大学院医学系研究科 精神神経学分野
教授 富田 博秋 電話:022-717-7262 E-mail:psy@med.tohoku.ac.jp

東北大学災害科学国際研究所 災害精神医学分野 助教 臼倉 瞳
電話:022-717-7897 E-mail:usukura@med.tohoku.ac.jp