【メディア報道】宮城県沿岸漁業を対象とした震災復興に関する研究成果の国連防災機関・防災減災情報プラットフォーム掲載について
2021年6月04日
国連の防災機関(UNDRR)の防災・減災情報プラットフォームであるPreventionWebの ニュース記事として,災害人文学研究領域である高倉浩樹教授による,宮城県沿岸漁業を対象とした震災復興に関する研究成果が掲載されました.
地域文化の評価にもとづく漁業復興政策を国際発信:
宮城県南部における小規模沿岸漁業についての文化人類学的研究
【研究のポイント】
(1)漁業復興においては,協力か競争か,共同か個人主義かの二者択一ではなく,双方のバランスが必要であること,そのバランスは地域生態系と文化・歴史の相互作用で定まるが,漁業者自身の選択も重要であることを人類学的に解明しました.
(2)小規模沿岸漁業の復興にあっては,新自由主義的な復興支援策ではなく,地域生態系と文化に基づく漁業の復興政策が当事者の自立的な復興に寄与することを示しました.
【概要】
地域共同体の災害復興において重要とされる「協働」は,現代社会にあっては「災害ユートピア」といった形で出現するものの,一過性のものであるがゆえに,「社会関係資本」(絆)への政策的支援が必要だとされてきました.また漁業復興にあっては企業型の漁業産業育成が鍵とされてきました.
宮城県南部特に山元町の小規模沿岸漁業に関する人類学的な調査研究を通して,復興における「協働」が,他律的なものではなく,地域生態系と歴史に根ざした漁業文化が鍵となっていることを解明しました.具体的には,漁業資源の生物学的性質や資源量の多寡に応答した競争的漁業と平等主義的漁業が地域の歴史的伝統のなかで形成されてきたこと,この二つの漁業のやり方が地域社会のなかで漁業者個人に選択可能となっていることです.そしてこの選択可能性が,漁業者自身による自立的な復興に寄与していました.
これらを踏まえ,小規模沿岸漁業の復興にあっては,地域生態系の生物多様性と技術文化の多様性を保持・発展させる政策が重要であることを提案しました.
本研究成果は,2021年3月26日に国際誌「Disaster Prevention and Management」30巻6号にオンラインで掲載されました。
【詳細】
東北アジア研究センターの高倉浩樹教授は,東日本大震災後,震災復興における文化の役割についての研究を進めてきました.特に無形民俗文化財に焦点を当てた研究は,東北大学を中心に学内外の研究者とともに進められ,海外でも知られています[1].近年は,農業復興における在来知の役割や災害記憶メディア論についての論考など[2],幅広く文化の役割についての調査研究を進めてきました.
今回の論文は直接訳すると「3.11後の日本における小規模漁業者における個人主義と集団主義」となります.一般的に漁師は一匹狼のようなイメージがありますが,彼らは漁業復興においてどのようにして「協働」を行ったのか,これを漁業文化の観点から明らかにすることに取り組みました.
地域共同体の災害復興において重要とされる「協働」は,現代社会にあっても「災害ユートピア」といった形で出現するものの,一過性のものであるがゆえに,「社会関係資本」(絆)への政策的支援が必要だと考えられてきました.また漁業復興にあっては,漁業者の高齢化,漁村の過疎化などを背景に,より大きな組織を良とする企業型の漁業産業育成が鍵とされてきました.
宮城県南部とくに山元町の小規模沿岸漁業に関する文化人類学的な調査研究を通して,復興における「協働」が,他律的なものではなく,地域生態系と歴史に根ざした漁業文化が鍵となっていることが明らかになりました.
2015年から2019年にかけて行った参与観察調査及び面談調査を通して,この地域には刺し網漁・かご漁・定置網漁・ホッキ漁の4つの漁業があり,操業・漁具の維持・熟練度・収入・漁場などにおいてそれぞれ異なる特質をもっていることを明らかにしました(表1).また漁業者によってそれぞれ異なる経済戦略や,海に対する感情的側面を詳らかにすることで,漁業者および地域社会双方のレベルで,漁業が経済行為以上の意味を持つことを理解することが復興にとって重要であること示しました.
4つの漁法は,漁業資源の生物学的性質や資源量の多寡に応答した競争的漁業と平等主義的漁業のいずれかにまとめることができます.それは地域の歴史的伝統のなかで形成されてきたものであり,この二つの漁業の型が地域社会のなかで漁業者個人に選択可能となっています.そしてこの選択可能性が、漁業者自身による自立的な復興に寄与していました.
地域社会の視点からすれば,新自由主義的政策は彼らの自立性を阻害するものであり,震災直後までに行われてきた漁業を復興する政策が当事者自身による対応にとって重要だということになります.確かに中長期観点から,高齢化や漁業者の減少への対応を考える必要はあります.しかし,震災後に優先されるべき政策は,震災直前の漁業を復興させることであると考えます.この点において,小規模沿岸漁業の震災復興にあっては,地域生態系の生物多様性と技術文化の多様性を保持・発展させる政策が重要であることを提案しました.
【参考文献】
[1]高倉浩樹・滝澤克彦編2014『 無形民俗文化財が被災するということ』新泉社;高倉浩樹・山口睦編2018『 震災後の地域文化と被災者の民俗誌』新泉社;H. Takakura 2016 “ Lessons from anthropological projects related to the Great East Japan Earthquake and Tsunami: Intangible Cultural Heritage Survey and Disaster Salvage Anthropology,” in John Gledhill (Ed.) World anthropologies in Practice: Situated Perspectives, Global Knowledge. ASA monograph 52. London: Bloomsbury.
[2]高倉浩樹2019「津波被災後の稲作農業と復興における在来知の役割」『 震災復興の公共人類学』東京大学出版会;高倉浩樹2021「デジタル・アーカイブと映画から考える災害映像記録の価値」『 災害ドキュメンタリー映画の扉』新泉社